カーボンニュートラルの切り札?CO2と水素から作られる合成燃料

2050年のカーボンニュートラル(CN)に向けて、合成燃料への期待が高まっている。合成燃料とは、二酸化炭素(CO2)と水素(H2)から人工的に作られる燃料だ。発電所や工場から排出されたCO2を再利用することでCO2の総排出量を減らすことができるし、大気中からCO2を回収して作ればCNになる。

ガソリンや軽油を作り出すことができるため実用化できれば、たとえば自動車なら現在のエンジン車でのCNへの道が広がるうえ、電池・水素ではエネルギー密度的に難しい航空機向けにも注目されている。合成燃料の実用化はどの程度見えてきているのか。成蹊大学理工学部物質生命理工学科教授で、経済産業省の合成燃料研究会の委員を務める里川重夫氏に聞いた。

 ――合成燃料はどこまで実現している技術なのでしょうか。

 技術自体は昔からある。ナチス時代のドイツでは輸入石油のほぼ2倍の人造石油を作っていた。大量の石炭から油を作っていたわけである。

■化石燃料を使ってはいけない

 ――合成燃料は脱炭素の切り札になるということでしょうか。

 そんな簡単な話ではない。合成燃料はもともと石油以外の化石燃料から石油を作る目的の技術だ。しかし、今望まれているのは脱炭素だから、化石燃料を使ってはいけない。化石燃料を使わないで原料を調達し、それを合成して初めて脱炭素につながる。

グリーン水素をどうやって調達して、さらにCO2をどうやって集めるか。そこに課題がある。再生可能エネルギー(再エネ)由来の電力から電気分解でグリーン水素を作ることはできるが、コストの問題がある。CO2の濃縮・回収も難しい。化石燃料からでなければ、大気からCO2を回収しないといけない。

――火力発電所などから出るCO2

を回収して利用するCCU(二酸化炭素の回収・利用)が想定されています。
火力発電所は石炭や天然ガスを掘って燃やしている。そこで出たCO2から合成燃料を作っても、それを使えば結局CO2
を出してしまうので意味がない。

――大気からCO2を回収するDAC(ダイレクトエアキャプチャー)という技術を使えばよいのでしょうか。

DACの実用化は設備的にもエネルギー的にも相当難しい。個人的にはバイオマス利用が有望と考えている。バイオマスなら植物の成育時に大気からCO2
を吸収している。一般廃棄物の75%がバイオマス由来なので、廃棄物のバイオマス発電の電力を使って電気分解した水素と、排ガスに含まれるCO2を回収すれば合成燃料を作ることができる。

ただし、ここで得られる水素量は排ガス中に含まれるCO2量の1%にも達しないので、大量の再エネ由来のグリーン水素を別途獲得することが条件となる。

 ――それが良いかは別にして、コストを度外視して、合成燃料を大規模に量産すれば、ガソリン車のまま脱炭素が可能になるのでしょうか。

現実的ではない。化石燃料を使わないでグリーン水素とCO2を徹底的に集めても通常の大型精製プラントの100分の1から1000分の1規模にしかならない。小型乗用車なら単純にEVにすればよいと考える。

 ――合成燃料の開発は無駄なのでしょうか。

 そんなことはない。合成燃料の必要性を考えるには、まず将来のエネルギーを考えるところから始めるべきだ。脱炭素を目指す以上、化石燃料は使えない。すると主力となるのは再エネしかない。

 太陽光、水力、バイオマスなど再エネ由来の電力をそのまま使うのが一番なので、EVや電車、家庭のエネルギーは再エネ電力で賄うのが基本だ。よく「EVにしても火力発電で作った電気を使えば脱炭素にならない」と言うが、それは当たり前。電力を再エネ由来にしていくことが大前提だからだ。

 しかし、電力には「同時同量」の原則がある。再エネ電力は不安定なので貯めておく必要があるが、電池では限界がある。そこで余った電力で水素を作る。水素は電力に比べると貯蔵しやすい。貯蔵しておいて使いたいときに燃料電池や水素エンジンで使う。

 ただし、水素もそう簡単に貯められるものではない。長期間、安全にエネルギーを備蓄するために初めて合成燃料という選択肢になる。既存の石油備蓄基地があるのでそれを使えばいい。

■ルールを作り、必要性を議論すべき

 電気でできるところは電気のまま使う。それでも難しいところは水素を使う。さらにバイオ燃料。電化できない、水素でもできない、バイオ燃料でも足りない領域、そこを合成燃料に変えていく。再エネ電力で合成燃料を作れば、とりあえずエネルギー全部の脱炭素ができる。

 ――それほど合成燃料のハードルは高い。コストが高い、と言い換えてもいいと思いますが、社会で使われるのでしょうか。

 当然コストは高いが、むしろ経済の問題だ。例えば、航空業界には植物などを由来にするSAF(持続可能な航空燃料)というものがある。通常のジェット燃料の6倍か7倍の価格だが、国際的に一定の使用を義務付けることで取り合いになっている。

 結局はルール作りが大事になる。カーボンプライシングも含めて、脱炭素のために国際的にどんなルール作りをするのか。その中で、合成燃料は必要なのか不要なのか、そういう議論が大事になってくる。

 高価な合成燃料を使うくらいなら、やり方を変えるというアプローチもあるかもしれない。例えば、トラクターをEVにすると1時間で電池がなくなるので使い物にならない。だから、合成燃料の軽油が必要になる。だが、10倍の価格の軽油を使って農耕をするのか。それならば、再エネ電力を使った人工栽培の方が良いかもしれない。

 そういったゲームチェンジがいろんなところに出てくる。そうすると、もしかすると合成燃料はいらないのかもしれない。

 ――合成燃料研究会ではコスト試算もされています。

国内、海外の再エネ電力価格や石炭火力からのCO2
回収コストなどから試算するとこのくらいのコストになるというだけの話。将来的にいくらになるか全然わからない。

 ――つまり、それぐらい合成燃料は大変ということですね。それでも合成燃料の技術開発は必要だと思います。日本で実用化するのにどういった問題がありますか。

 合成燃料も資源戦略として考える必要がある。アメリカやヨーロッパは資源戦略として取り組んでいる。日本は資源を輸入することが前提となっている。現在の脱炭素の取り組みも石炭火力の延命措置になってしまっている感じもする。

 省庁が縦割りであることが問題を難しくしている。資源エネルギー庁は海外から資源を買ってきて国内に安定的に流通させる役割なので、資源を作ることに対応していない。資源を作るとなると、どちらかというとバイオ燃料で農林水産省マターになってしまう。

 脱炭素なら環境省だ。合成燃料というエネルギー製造はまったく新しい概念なので現在の政府組織では対応が難しいだろう。むしろ、地方に期待をしている。

■再エネ電力と水素、合成燃料は地方で作る

山梨県では、県の企業局で水力発電と太陽光発電をやっている。余剰電力で大量の水素を作ることに成功した。そこで地域のバイオマスを使ってCO2を集めて合成燃料を作ることができれば、脱炭素合成燃料ができると考えている。山梨で油が作れるという話になれば、「わが町でも」と、どんどん他の地方にも伝播していくのではないか。

 再エネ電力を電力会社から買って合成燃料を作るのはやめた方がいい。電力会社は安定供給に責任を持つので高コストになるのは当たり前。

 再エネは「コストがかかる」というが、設備は社会インフラなので、一度作ってしまえば、作れば作るほど安い電力が使えるようになる。もちろん、変動のリスクは自分自身で吸収することが原則だ。再エネ発電も水素製造も、合成燃料の製造も個々の企業や地方自治体が自ら取り組む課題ではないか。

 合成燃料は原油と同じでガス、ナフサ、軽油、ワックスなどが混じった物ができる。ここからガソリンや軽油などを精製するのは既存の石油会社に任せればいい。関東一円で作られた合成燃料が湾岸の製油所に送られてジェット燃料になるといったイメージだ。

 そういう流れは作れると思う。はたしてどれだけの量が作れるかはまだわからない。計算しようがない。将来は海外の再エネで作ることも考えられる。国内だけでやる必要はない。日本がノウハウや技術を作り上げて世界に提供していけるようになれればいい。

東洋経済オンライン

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