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経済危機に直面し、首相が国の「破産」を宣言したスリランカ。強烈なインフレに民衆の暴動は激化し、ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は国外に脱出した。混乱を招いた最大の要因は農業の崩壊だ。根本にあるのは、過剰なまでに環境に配慮した「良い」国家を目指したことにある。ESG(環境・社会・企業統治)スコアを上げようと努力し、温暖化ガス排出ゼロを目標に掲げることは果たして正しいのか。
経済崩壊導いた有機農業の強行
スリランカは大規模な貧困、インフレ、燃料不足に見舞われ、首相は、国が「破産」したと宣言した。10万人規模のデモが起きて大統領府になだれ込んだ。ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領はモルディブに逃亡したのち、辞任を表明した。
スリランカのインフレ率は6月に54.6%となっていた。5月以降だけで、食品価格は80%、交通機関の料金は128%上昇した。
日本ではこの破綻の原因として「中国の債務の罠に嵌った」とする報道があったが、これは当たらない。
スリランカが海外からの借り入れに頼り無謀な投資を続けてきたのは事実だが、中国の債務はスリランカの債務全体の1割に過ぎない。中国はむしろ、親中的なスリランカの政権を20年にわたって支えてきたのであり、その破滅は望んでいなかった。この点は中国問題グローバル研究所所長で筑波大学名誉教授の遠藤誉氏が詳しく書いている。
将来的に債務の罠に嵌めるつもりがあったかどうかは知る由がないが、少なくとも、これまでは一帯一路の一部としてのスリランカの繁栄を望んでいた。
スリランカ経済崩壊の理由には、無謀な借金による投資拡大の他に、コロナウイルスの蔓延による観光業の壊滅、ウクライナの戦争によって引き起こされた世界的なエネルギー危機などの要因もあった。
だがもっとも根本的な問題は、有機農業の強行による農業の破滅だった。
スリランカは、窒素酸化物による公害や温室効果を削減するために、環境に優しい農法を実施する取り組みの一環として、2021年4月から化学肥料を禁止した。
だがこれにより作物の収穫量は激減し、農業が崩壊し、スリランカは主要な輸出作物を失って貿易収支にも大打撃となった。
スリランカの農家の90%は化学肥料を使用していた。彼らは当然、これがなければ作物の収量が激減することは分かっていた。
2021年の化学肥料禁止に伴い、米の生産量は2019年に比べて43%減少した。スリランカの人口2200万人のうち70%は、直接的または間接的に農業に依存している。このため農業への激しい悪影響は、社会全体に深刻な影響を与えた。
ESGスコアは優等生だが・・・
化学肥料禁止令は、その恐ろしい影響が明らかになった2021年11月に撤回されたが、時すでに遅かった。
深刻な打撃を受けたのは、主食の米だけではない。重要な換金作物で輸出商品の主力である茶やゴムなども打撃を受けた。国連人道問題調整事務所による6月9日付の報告書では、2021-2022年シーズンの作物生産量は前年度から40%から50%も減少した。
化学肥料を用いない、有機農業の国——スリランカの指導層が目指したのは、国際機関のグリーン・エリートが喜ぶような、環境に配慮した「良い」国家である。
マヒンダ・アマウィーラ環境大臣は、2020年に「誤った技術の利用、貪欲さ、利己主義」から地球を救うための政府構想を宣言した。
ワールドエコノミクスのデータによると、スリランカのESGスコアは98.1とほぼ満点である。比較のため例を挙げると、スウェーデンは96.1、米国は58.7にとどまっている。
環境イデオロギーが引き起こした危機
だがスリランカの危機は、まさにこのような環境イデオロギーによって引き起こされたものだ。
スリランカの政治家たちは、熱狂的な有機農業運動を受け入れてきた。世界経済フォーラムに集ういくつもの大企業も、スリランカでの有機農業を推進してきた。
だが、有機農業というのは、一部の余裕のある人々のための贅沢に過ぎないのだ。
過去、世界の作物の生産性は上がり続けてきた。これは化学肥料、特に窒素肥料の賜物だった。それは大気中に豊富に存在する窒素から、高温・高圧の化学反応プロセスを経てアンモニアを合成するという「ハーバー・ボッシュ法」によってもたらされたものだ。
その他にも、品種改良、農薬、機械化、灌漑など、さまざまな技術によって生産性は上がり、世界人口は増加したにも関わらず、世界の人々に栄養状態は劇的に改善した。化学肥料の禁止は、この成果を台無しにするものだった。
スリランカの破綻は、科学的知見と一般の人々の本当のニーズではなく、エリートの願望や偏見に従って政策が形成された場合に、いかに悲惨なことが起きるのかをまざまざと教えている。
この有害な環境政策の悲惨な結果は、多くのスリランカ人にとって、世界的な機関や世界的な決定によって外部から押し付けられたものと感じられるだろう。
スリランカの苦しみは、温暖化対策のためにCO2や亜酸化窒素などの温室効果ガスの排出をゼロにするという「ネット・ゼロ」を目指すという政府の目標によって、さらに悪化したことも疑いようがない。
第2、第3のスリランカを生んではいけない
このことは、2021年10月31日、英国スコットランド・グラスゴーで開催された国連気候会議COP26でのゴタバヤ・ラジャパクサ大統領のスピーチを読めばわかる。以下、抄訳しよう。
気候変動は現在、世界が直面している最大の危機の一つです。
その際、スリランカや他のいくつかの国々が当然注目する重要な問題のひとつが、持続可能な窒素管理の問題です。
2019年10月、14カ国が「持続可能な管理に関するコロンボ宣言」に参加しました。
この重要な宣言は、2030年までに窒素排出を半減させることを目指し、各国が持続可能な窒素管理のための国家ロードマップを作成することを奨励するものです。
・・・
窒素は、すべての生物の生存に不可欠な豊富な元素です。しかし、人間の活動によって発生し、生態系に放出される反応性窒素は、気候変動を悪化させます。特に肥料に含まれる窒素の過剰使用は、土壌、水、大気、そして人間の健康に悪影響を及ぼします。
・・・
このような背景から、私の政府は化学肥料の輸入を削減し、有機農業を強く奨励するための確固たる措置をとりました。
この措置は広く評価されていますが、一方で批判や抵抗もあります。化学肥料のロビー団体に加え、安易な収量増加の手段として肥料を過剰に使用することに慣れた農家からの抵抗です。
これは、スリランカの豊かな農業遺産を考えると、特に残念なことです。スリランカは歴史上、東洋の穀倉地帯として知られていました。・・・
私たちは、持続可能性を核とした新たな農業革命を必要としているのです。
・・・私たちの政策の枠組みは、持続可能性を重視しています。このことは、スリランカの国連気候変動枠組み条約(UNFCC)メカニズムに対する野心的な目標に反映されています。
その中には、2030年までに再生可能エネルギーの割合を国全体の需要の70%に引き上げること、2050年までにカーボンニュートラルを達成すること、石炭火力発電の新規案件をこれ以上増やさないことなどが含まれています。
スリランカは、「新規石炭発電ゼロのためのエネルギー協定」の共同リーダーであることを誇りに思っています。
・・・
スリランカの環境に関する先進的なアジェンダは、発展途上国として直面する資源の制約にもかかわらず、実現されています。
・・・
今生きている私たちは皆、未来の世代のためにこの地球を守っているのです。
さていま世界の多くの国は、国際機関や先進国運動家の歓心を買うためにESGスコアを上げようと努力し、ネット・ゼロを目指すとしている。だがこのために、第2、第3のスリランカ型の破滅を招いてしまうのではないだろうか。
日本は、それに加担していないだろうか。
JBpress