「脱炭素」教にひれ伏す欧州自動車業界。日本は?

EUの勝利宣言と加盟国の苦悩
 フランスの欧州連合(EU)議長国の任期最終日である2022年6月29日、EU加盟27か国の環境大臣は「2035年欧州での新型エンジン車の販売禁止」に合意。これを受けてEU当局は、2050年までにCO2排出実質ゼロを達成するEUの取り組みの大勝利、と発表した。

今回の交渉で、イタリアやポルトガル、スロバキア、ブルガリア、ルーマニアは、

・必要な充電インフラを増強するための時間
・消費者が高額なバッテリー電気自動車(BEV)の購入費用を捻出するための時間

が必要、との理由から規制開始時期を2040年に遅らせることを主張した。

 これに対して、ドイツが

「規制開始時期を2035年とするものの、ブリュッセル(EU本部所在地)はハイブリッド自動車(HV)と気候中立燃料が気候目標の達成手段となり得るか、2026年に判断する」

と、妥協案を提案。深夜に及ぶ長時間の議論の末、EU全加盟国が合意に達した。

 欧州議会(EP)は2022年6月、本提案を事前に承認しており、今回の合意内容である

・2035年以降の新型ガソリン・ディーゼル車の販売禁止
・気候中立燃料を使ったHV車とエンジン車の販売継続可否は2026年に判断

は7月に正式に確定する。

 なぜドイツは、「HVと気候中立燃料の評価」を妥協案として提案したのか。

 それは、世界中の自動車会社がESG投資を獲得するために、野心的な電動化計画を公表し、商品化を始めていることから、一般消費者はBEVが

「唯一無二の脱炭素モビリティー」

と信じているためだ。しかし、世界の多くの自動車会社は、BEV1本足の脱炭素に懐疑的だ。それは、BEVの

・高価格
・充電インフラの不足
・特定の国による市場占有

という3点による。

気候中立燃料とは何か

トウモロコシ(画像:写真AC)

 まず、ドイツが今回提案した気候中立燃料の概要を説明しよう。

 気候中立(CN、Climate Neutral)とは、「ゼロ排出」とは異なる概念だ。例えば、トウモロコシなどを原料とするバイオ燃料は、燃焼時には二酸化炭素(CO2)を排出するが、植物時代に光合成の過程でCO2を吸収しているため、

「プラス・マイナスゼロ = 気候中立」

と扱われるのだ。

 ただ、バイオ燃料の原料は食料でもあり、世界的な人口増加を考えると、バイオ燃料の大規模な増産は考えられていない。

 原油を分留して製造されるガソリンやディーゼル、灯油は、炭化水素(CH)からなる有機化合物で、燃焼するとCO2を発生する。ドイツが提案した合成燃料は、CO2と水素(H2)を化学的に合成して製造する燃料で、発電所や工場などから排出されたCO2や、将来的には大気から直接回収されたCO2を原料として消費するため、気候中立として扱われる。

 H2は再生可能エネルギーで、水を電気分解したグリーン水素を使うことが理想だ。合成燃料は世界各国で研究が進んでおり、フォルクスワーゲンやアウディAG、ポルシェでは、試作設備が既に稼働している。

合成燃料は救世主となるのか

合成燃料におけるCO2の再利用のイメージ(画像:経済産業省)

経済産業省の合成燃料研究会によると、合成燃料の利点は次のとおりだ。

●エネルギー密度が高い
 液体の合成燃料は、リチウムイオン電池と比較して、体積密度は20倍以上、質量密度は30倍以上あり、航続距離が同じなら車を軽くでき、質量が同じなら、航続距離を長くできる。

●既存エンジンと給油インフラが使える
 エンジンや給油設備は現状の流用、あるいは小改良で合成燃料を使用することができる。

●既存車両のCO2を削減する
 2035年以降、新型エンジン車の販売は禁止されるが、それ以前に販売されたエンジン車の使用は可能だ。EU27か国の2017年の自動車保有台数は2億3000万台、イギリスを含めると2億6100万台近くのエンジン車が2035年までは走行し、欧州自動車工業会(ACEA)による2019年の平均保有年数は乗用車が11.5年、小型商用バンが11.6年、トラックが13.0年のため、2046年ごろにエンジン車はやっと姿を消す。この間エンジン車に合成燃料を使用することで、CO2を大きく削減することができる。

●大型トラック、船舶、航空機でも利用
 大型トラックは積載荷重の減少、船舶や航空機も大幅な質量増加によりバッテリー電動化は困難だ。仮に次世代電池で出力密度が10倍になっても、まだ合成燃料が有利だ。

●エネルギー安全保障
 国内で製造、常温・大気圧で長期保存が可能で、エネルギー安全保障面で有利。

 一方、EUの気候局長であるフランス・ティマーマン氏は合成燃料の課題について、

「現時点では現実的な手段には見えないが、自動車産業が近い将来(026年)そうでないことを証明するなら、われわれは受け入れるだろう」

 合成燃料はいくつかの製造方法があるが、いまだ研究段階であり、そのコストは、経済産業省のベストシナリオで200円/l、ワーストシナリオで700円/lと高価だ。原料である水素のコスト比率が高く、2026年までにどの程度まで低減のめどが付くのかは不透明だ。

 なお、2026年とは、2035年に量産可能とするための生産準備を踏まえた判断期限を意味している。

日本の自動車産業への影響

2020年の四輪車仕向け地別輸出台数と構成(画像:JAMA)

 日本の自動車会社はEU加盟国へ自動車を輸出し、スペイン、ポルトガル、イタリア、ハンガリー、フランス、イギリスは現地で生産しているため、直接の影響を受ける。EU27か国への輸出台数(図)は2020年度で39.6万台(10%)、現地生台数は43.5万台(2.7%)、合計83.1万台だ。

トヨタ自動車は2030年に世界でBEVを350万台販売する、と公言した。米国市場・中国市場とのバランスが課題だが、現在の自社欧州販売を全てBEVに置き換えることは十分可能であり、台数の増加を狙うだろう。

 現在、欧米で販売されているBEVは高価格のプレミアムゾーンが中心だが、今後は手ごろな価格のボリュームゾーンが市場の中心となる。日本の自動車産業にとっては大きなビジネスチャンスだが、中国のBEVに対する優位性を確保するには、次世代バッテリーの性能とコストが鍵となる。
欧州を「反面教師」に

 ユーラクティブ(EUの政策に特化した汎ヨーロッパのメディアネットワーク)は、今回の合意を以下のように評価している。

「これが難しいファイルを束ねて一線を越えた(提案の法規化に合意を得た)外交の天才的な偉業だったのか、致命的な過ちを犯したのか、記事の執筆時点では明らかではない」

 フランスは、EU議長国任期(1~6月。次はチェコ)の最終日に最大の成果を出したが、今回の合意で終わりではなく、2026年の合成燃料の気候中立性判断と、2035年以降の法規施行後のあらゆる結果に対して責任を持たなければならない。

 日本での合成燃料は2020年12月に策定された成長戦略に記載され、2030年までに高効率な量産製造技術を確立、2030年代には市場導入とコスト低減に取り組む。2040年までに商品化を実現すべく、前述の合成燃料研究会を中心に活動している。

 気候中立、脱炭素技術はまだまだ発展途上で、可能性を見極める多くの研究開発が進んでいる。一方、コスト、充電インフラ、再生可能電力供給、ライフサイクルでのCO2削減、原材料の調達リスクなど、課題山積みのBEVに現時点で全てを託すことは賢明ではないし、危険でもある。

 日本は、電動化競争ならぬ「狂争」にまい進する欧州という「反面教師」をじっくり観察、分析し、日本に合った脱炭素技術群を決めればよい。国によって状況は異なるのだから、他国をまねる意味は無い。

 一方で、脱炭素関連のビジネスチャンスには積極的に参画し、日本の技術を売り込み、利益を上げることは重要であるため、今回のEUの判断は絶好のビジネスチャンスと言えるだろう。

大庭徹(技術開発コンサルタント)

Yahoo!ニュース

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