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地質学の実地調査は、噴火する火山の斜面や極寒の南極の谷底など、ときに過酷な場所で行われる。とはいえ、何度も爆発した鉱山の中で調査されることはあまりない。ところが、南欧アルバニアにあるクロム鉄鉱の鉱山で、まさにそれが行われた。科学者たちの目当ては、ほぼ純粋な水素ガス。爆発のもとであると同時に、世界を変えるクリーンなエネルギー源になりうるものだ。
その水素が漏れ出ているところが見つかったと、2024年2月8日付けで学術誌「Science」に発表された。科学者たちは首都ティラナの北東にあるブルチザ鉱山の地中深くで、激しいジャグジーのように気泡を出す小さな水たまりを見つけた。「ガスはかなり激しく出ていました」とアルバニア、ティラナ工科大学の地質学者で、論文の著者の一人であるバルディル・ムツェク氏は言う。
噴出するガスの84%が水素だった。ブルチザ鉱山ではこのような場所がいくつか確認されており、すべて合計すると、少なくとも年間200トンの水素が漏れ出ている。
しかし、地中から有意義な量の天然水素ガスを安価に、クリーンに、そして効率的に取り出せるようになるのは、まだ何年も先のことだろう。そもそも、水素の貯まり場を見つけるところから始めなければならない。
地中の水素が注目される理由
水素は、宇宙で一番量の多い元素だ。しかし、地球上で水素ガスを見つけるのは簡単ではない。水素ガスは無色の気体で、簡単に空気中に逃げてしまう。しかし、うまく集めることができれば、温暖化を促す化石燃料から脱却できる可能性がある。
「水素は、低炭素エネルギー源として利用できます」と述べるのは、英エディンバラ大学の地球エネルギーの専門家、カトリオナ・エドルマン氏だ。氏も、今回の論文には関与していない。「水素を燃やしても、水ができるだけです。燃料電池で電気を作ることもできます。さらに、水素は天然ガスと同じように利用できます」
「地中に水素が蓄積されることはないと思われていました」水素ガスの分子は小さく、軽く、すぐに拡散してしまう。そのため、地中に水素が貯まっている場所があったとしても、大昔に空中に漏れ出してしまったか、水素をエネルギー源とする微生物に食い尽くされてしまったと考えられてきた。
石油業界も、水素を求めていたわけではない。石油やメタンガスを探しているときに、たまたま水素が見つかることはあったが、「それは報告されなかったり、会社の報告書に埋もれてしまったりしました」とエリス氏は言う。「関心の対象ではなく、探しているものでもなかったからです」
現在、主流ではないものの、水素がエネルギー源や電力源として使われている場所もある。ただし、その水素は、人が作り出さなければならない。製造方法はいくつもある。たとえば、太陽光発電を使って水分子を電気分解して作ったり、メタンガスから抽出したりできる。
ただし、こういった方法は、非常に高価だったり、温室効果ガスを排出したりする。エディンバラ大学の持続可能エネルギー研究者であるアリ・ハッサンポリオズバンド氏は、今回の論文には関与していないが、「水素経済に向かうための大きな一歩となるのが、安価な水素です」と話す。しかし、安価な水素はまだ存在していない。
一番理想的なのは、地中から純粋な水素ガスを取り出すことだ。当然ながら、それが一番、費用対効果が高い。ただし、ずっと絵空事のような話だった。
その状況が2012年に変わった。アフリカのマリで、かなりの規模の水素ガス貯留層が見つかったからだ。その後も、ヨーロッパや南米などで、いくつかの場所が見つかっている。今や水素ガスが地中に蓄えられているはずはないという考え方は、あまり正しいとは言えなくなったという。
地中の水素を探せ
ほかにも、水素が閉じこめられている場所はないのだろうか。でたらめに探して見つかるものではない。まずは、水素がどこで作られるのかを知る手がかりがいる。そのためには、地球でどのように水素が作られるのかを知る必要がある。
水素ガスを生み出す微生物がいることはわかっているが、よく注目されるのは、地質学的に水素が生成される場所だ。鉄やマグネシウムを豊富に含む火山岩と水(熱いほうが望ましい)が共存する環境では、水素が発生する。特定の岩石から出る自然放射線も、水を分解して水素を発生させる。
そして、地球の奥深くのマントルには「最初に地球ができたときから閉じこめられている原始水素」と呼ぶものが蓄えられている可能性がある。それが地殻の深い割れ目から、地表に出てきているのかもしれない。
アルバニアのブルチザ鉱山は、主に2つの理由で調査のターゲットに選ばれた。ひとつは、恐竜の時代に海底だったことだ。つまり、鉄分を多く含む火山岩と豊富な水があった。天然の水素工場として適切な条件がそろっていたということだ。
もうひとつは、2011年、2017年、2023年と、何度か爆発を起こしていることだ。可燃ガスの存在が最初に報告されたのは1992年だったが、何回か爆発が起きた後も、犯人はメタンだと考えられていた。「こういった事故が起き始めても、原因が水素であるとはわからなかったのです」
ブルチザでも、多少のメタンは検出されているが、漏れ出しているガスのほとんどは水素だ。最低でも200トンという量は、これまでわかっている中で最大級の水素噴出源だ。
未来の水素社会に向けて
ただし、水素が見つかったという事実が皆を興奮させたわけではない。試算によると、この鉱山に含まれる水素ガスは、合計5000トンから5万トンほどだ。「これは、莫大というほどの量ではありません」エネルギーに注目する水素ハンターたちは、数百万トン級の水素ガスが蓄えられている場所を探している。
ブルチザの発見で重要なのは、実際に水素ガスが閉じこめられている点だ。つまり、水素が岩石によってしっかりと封印され、微生物に食べ尽くされてはおらず、無用な地質学的反応によって分解されてもいない場所が存在していたのだ。
「おそらくこれは、数万年の時間をかけて蓄積されてきたものなのでしょう」そして、鉱山が地下に600メートルほど掘られたときに初めて、爆発を起こすほどの水素ガスが漏れ出してきた。おそらく、水素が貯まっていた場所の天井が壊れて、海底だった地層の深くに蓄えられていた古い水素が、上にある鉱山に出てきたのだろう。
海底だった場所にできた鉱山は、これまでも水素ハンターたちの第一目標だったが、今回の発見によって、その考え方が裏付けられた形となった。新たな低炭素水素エネルギー時代は、このような地球の石棺が世界中で発見されることによって幕を開けるのかもしれない。
この物語はまだ始まったばかりです。地球の天然の水素貯蔵庫が、世界のエネルギーを賄えるほど大きいのかどうかもわかっていない。たとえそうだとしても、効率的に水素ガスを取り出す技術は、まだ初期段階でしかない。地質学的な水素の生成を速める方法にも、同じことが言える。
最も重要なのは、水素が蓄えられている場所、それも、できるなら満杯の場所を見つけることだ。現時点では、まだ表面を引っかいている段階にすぎない。
可能性を見極めるには、もっと深いところまで行く必要があるとのこと。
NATIONAL GEOGRAPHIC ニュースから抜粋