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急速に進む地球温暖化や、情勢不安を起因とした供給危機など、現在、社会活動におけるエネルギーの在り方は、環境問題への対応と自給・安定供給の両立が問われています。そのためには、CO₂を排出せず、供給リスクも低減できるエネルギーを活用する社会の構築が求められており、それらを実現可能とする鍵が「水素」だと言われています。ここでは、脱炭素化と安定供給を同時に推進する「水素社会」実現に向けた現状や取り組みについて。
なぜ今、「水素」が注目されるのか
今夏の猛暑や豪雨被害の多発に見るまでもなく、近年日本では異常気象の発生が顕著になっています。これらは地球温暖化による影響とされ、世界に目を向けても、熱波や干ばつ、最近ではアフリカ北部にあるリビアのような降水量が極端に少ない砂漠地帯でも、豪雨をもたらすなど様々な気候変動が起きています。
地球温暖化を止めるためには、二酸化炭素(CO₂)など温室効果ガスの排出を削減することが急務です。そのためには、化石由来のエネルギー利用を削減し、太陽光や風力などの再生可能なエネルギーへのシフトに加え、元来CO₂を排出しないエネルギーを活用する社会の構築が求められています。その社会を実現可能とする鍵が「水素」だと言われています。
日本政府は2017年、世界に先駆けて「水素基本戦略」を打ち出し、将来的なエネルギー政策の骨幹に、S「Safety(安全性)」+3E「Energy Security(エネルギー安全保障)」「Economic Efficiency(経済効率性)」「Environment(環境適合)」を据えています。エネルギー源の多くを輸入に頼る日本にとって、太陽光をはじめとした再生可能エネルギーの利用と、水素をエネルギーインフラに導入することは重要となります。水素は様々な資源から生成可能なため、日本国内での製造が進めばエネルギー供給におけるリスク削減の効果が期待できると考えられています。
また、水素の利用は2050年カーボンニュートラル実現にも大きく貢献することになります。そのため日本政府は、今年(2023年)の6月に新たな「水素基本戦略」を発表しました。従来の「水素基本戦略」では、水素導入目標として2030年に年300万t、2050年に年2,000万tを掲げてきましたが、今回発表した「水素基本戦略」では、中間となる2040年に1,200万tの導入目標を追加し、水素の導入拡大とともに関連産業の発展・育成も掲げています。
水素は、社会でエネルギー源として利用する場合「グレー水素」「ブルー水素」「グリーン水素」の3つに分類されます。グレー水素は、石油、天然ガスあるいは石炭といった化石資源を燃焼させてガスにし、そのガスから取り出した水素のことを言います。しかし元の資源に炭素が含まれていることから、取り出す過程でCO₂が発生し、そのまま大気に放出されてしまうため環境負荷が大きいとされています。また、ブルー水素は、グレー水素製造時に排出されるCO₂を回収し、貯蔵や別の用途として利用することで、結果的にCO₂排出量を抑えて製造された水素のことを言います。最後に、グリーン水素は、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーで作られた電気を使って水を電気分解する「電解」で製造された水素で、製造過程でCO₂を排出しません。カーボンニュートラル実現にはブルー水素やグリーン水素が望ましいとされています。
水素社会実現のために必要なものとは
日本政府は、2017年に「水素基本戦略」を策定した後、2020年10月に「2050年カーボンニュートラル」を宣言、その1年後には「第6次エネルギー基本計画」を閣議決定しました。この計画では、2030年までの温室効果ガスの削減割合を46%とし、エネルギーミックスの構成を再生可能エネルギー36~38%、原子力20~22%、LNG20%、石炭19%、石油などを2%としたうえで、以前の計画にはなかった水素・アンモニアを1%と設定しました。
その後、2022年2月に予期せず始まったロシアのウクライナ侵攻の影響により、世界でのエネルギー需給のバランスが崩れ、将来へ向けて石油や天然ガスに頼らないエネルギー開発を加速する機運が高まりました。そうした変化を受けて、今年6月に新たな「水素基本戦略」が策定されたのです。水素は電力分野のゼロエミッション化、電化が難しい熱利用分野や運輸、産業部門の脱炭素化、合成燃料や合成メタンなどのカーボンリサイクル製品の原料など幅広く利用することが可能とされています。
しかし、「水素基本戦略」を実行しカーボンニュートラルを実現するためには、水素利用技術の開発や水素インフラの整備が課題となります。発電分野だけでなく運輸、産業、街中で水素を使用する、運搬する、貯蔵するといった実証実験の成果をより実社会に適合させていかなければなりません。そのためにも電力やガス、機械、ICTなど様々な産業分野での技術開発やビジネス開発が必要になるとされています。
日本国内では、2017年の「水素基本戦略」策定を皮切りに水素社会実現のための実証実験などが相次ぎスタートしました。たとえば、2020年3月には福島県浪江町で国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と民間3社による共同実証実験事業「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」が稼働しました。この実証実験は太陽光発電により水素を製造し、水素需要予測システムのデータを活用することで、電力需要に合わせ蓄電池を使わずに電力供給を行うものです。製造した水素は他の地域にも輸送し、定置型の燃料電池(FC)のほか、燃料電池自動車(FCEV)やFCEVトラック、バスなどに供給することも可能にしています。
こうした取り組みにより、再生可能エネルギーを余剰電力としてただ蓄電するのではなく、原材料として利用できる水素製造に活用することで、エネルギーの利活用が可能となります。また、これからの水素社会実現に向けた試みとして大いに期待が寄せられています。
地産地消からのスタートがやがて水素社会の実現へ
「水素基本戦略」では、CO₂フリーのグリーン水素だけでなく、未利用の褐炭といった化石資源も水素供給源として活用する方針のもと、ブルー水素も推進していくとしています。技術研究組合CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)は、NEDOの助成事業として、重工業メーカーが建造した液化水素運搬船によるオーストラリアの褐炭を原料にした水素の輸送を2022年初頭に実施しました。これはマイナス253℃で水素を液化して輸送することで、気体に比べて800倍の水素を運搬することが可能になります。
このように、各企業や自治体では水素社会実現に向けた取り組みを加速しています。 自治体に目を向けると、兵庫県神戸市は「水素スマートシティ神戸構想」を掲げ、受入れ拠点の整備や100%水素燃料のガスタービン発電による市街地での熱電併給を世界で初めて行うなど、水素を軸にしたスマートシティ化の取り組みを進めています。その一環として、公用車はFCEVを導入しているほか、2023年4月から「水素バス」の運行も開始しました。
また、山梨県はグリーン水素の利活用をめざした取り組みを進めています。具体的には2016年より、再生可能エネルギー電力から水素を製造し、貯蔵・利用するP2G(パワー・ツー・ガス)システム技術開発事業を民間企業3社と共同しNEDOの委託事業として行っています。その後2018年には「やまなし水素エネルギー社会実現ロードマップ」を策定し、2030年度のCO₂フリー水素サプライチェーン構築、水素エネルギーの利用拡大、水素・燃料電池関連産業の振興という3大目標を掲げています。P2Gシステムは、長期間の貯蔵や輸送が可能な水素の特性を活かし、季節や天候の変化によって変動する再生可能エネルギーの発電量の安定化に資する技術の一つとして期待されています。
現在、日本国内では、各企業独自の開発・研究のみならずこれらの実証事業などを通じて、本格的な水素社会実現に向けた技術開発、インフラ開発・整備の検討が進められている段階です。日本政府は、要素技術ごとにフェーズを設定して支援を行っていく計画ですが、水素社会の構築はいきなり大規模なスケールで考えるよりも、福島県、兵庫県、山梨県のように、まずは地方でのエネルギー地産地消という規模でスタートしていくことが現実的な手段ではないでしょうか。やがて各地での取り組みが広がっていき、水素社会の早期実現、さらにはカーボンニュートラルの実現、地球温暖化防止への貢献につながっていくことでしょう。
NTTファシリティーズ、ビジネスコラムから抜粋