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水素は宇宙で最も豊富に存在する元素で、クリーンエネルギーの原材料として至る所にあるものだ。だが同時に、投資家にとっては過度な期待を抱かせる話題に事欠かない存在でもあった。
世界各国で気候変動問題への取り組みが本格化する中、水素技術は脱炭素への取り組みで大きな部分を占めるまでになった。世界では、1000を超える水素関連プロジェクトが進行中で、昨年1年だけで350を超える発表があった。2030年までに約3200億ドル(約44兆円)の資金流入が見込まれる。
2020年にベンチャーキャピタルとプライベートエクイティが水素ベンチャーに投じた額は20億ドル強にすぎなかったが、2022年には約80億ドル(約1兆1000億円)へと急増した。市場もこの流れに乗った。7月7日には、水を酸素と水素に分解する水電解装置を作る独ティッセン・クルップ・ニューセラが上場し、30億ドル(約4200億円)近い株式時価総額を得た。サウジアラビアの政府系ファンドや仏金融大手BNPパリバなどが、株式の引き受け手となった。
こうした熱狂的な動きは、かつて2000年代に起こった「水素バブル」の再来なのではと懸念する声も上がる。当時、水素関連事業に資金を注ぎ込んだ投資家たちは痛い目に遭った。水素関連の上場企業の株価は変動が激しいが、この1年間のパフォーマンスは、米国株の指標でもある、S&P500のそれを下回っている。
前回の水素バブルとの相違点
水電解装置の老舗メーカー、英ITMパワーは22年9月、事業拡大の公約を果たさなかった経営者を解任した。同10月には水素燃料トラックの新興メーカーである米ニコラの創業者が、投資家をだましたとして有罪判決を受けた。
水素技術を熱心に後押しする支持者ですら、この状況がバブルであると認める。パラグアイでは水力発電の余剰電力を使って製造した水素から肥料をつくろうとしている。英アトム・エナジーの最高経営責任者(CEO)オリビエ・ムサ氏は「多くの人が『希望というアヘン』を売っている」と懸念する。
しかし、今回の水素ブームの問題は、むしろ投資額が少なすぎる点にあるのかもしれない。なぜなら脱炭素を推し進めるには、もっとお金が必要であるからだ。
現在、水素はクリーンエネルギーとしてごくわずかしか利用されていない。だが国際エネルギー機関(IEA)は、50年までにはエネルギー使用量の約10%を水素エネルギーで賄う必要があるという。50年までに温室効果ガス排出量の「ネットゼロ」を達成するには30年までに、水素関連の投資額を足元の3200億ドルに加え3800億ドル(約53兆円)、積み増す必要がある。
たとえ一部の投資家が損失を被ったとしても、今回の水素ブームは前回と違うと考えてもよさそうだ。20年前のブームは、水素エネルギーを使って走る自動車に対する期待から生まれた。だが今、焦点となっているのは、セメント生産や長距離輸送など、熱源を電化しただけでは脱炭素の実現が困難な二酸化炭素(CO2)排出量の多い産業に対する水素エネルギーの適用である。
各国政府、とりわけ気候変動問題への意識が高い欧米諸国の政府は、多額の補助金を通じて水素関連ビジネスの底上げを図り、存続させようとしている。市場の動きを見ても、過剰な期待を鎮静させつつ、業界自体を途絶えさせることがないようにしているようだ。
日経ビジネス記事から抜粋