人工クジラうんち、1頭で樹木数千本分のCO2吸収

【SCN投稿記事のスタンス】←タッチしてご確認ください。


人工の「クジラのフン」が植物プランクトンに与える影響を調べた、インド・ゴア州沖合での実験の様子

 かつて東洋のローマとも呼ばれたインド・ゴア州。 その沖合、約400キロのアラビア海で今年4月、気候変動対策として、ひそかに注目を集める「あるもの」が荒波にもまれていた。いかだに取り付けられた六つの筒状の容器の中で上下していたのは、人工的に作ったクジラのフン。いわば「人工クジラうんち」だ。

 研究に協力した英ケンブリッジ大・気候修復センター研究員のジューン・ユンさんは目を輝かせる。

 「私たちは海中の『クジラポンプ』を人の手で助けてあげることで、気候変動を緩和できると信じているのです」

クジラは温室効果ガスの吸収に貢献している

 クジラのフンは海の生態系で大切な役割を果たしている。クジラのフンにはプランクトンを育むための栄養素がたっぷり含まれており、プランクトンを食糧源とする魚たちにとっての栄養にもなる。更にはその魚を捕食する魚の栄養にもなる。

 現在、インド西海岸では、鯨のフンの機能を人工的に再現しようという国際的なプロジェクトが始まろうとしている。

 うまくいけば、減少しつつある魚が回復し、地球温暖化への対策にもなると期待できるそうだ。

クジラのフンは海の栄養
 このプロジェクトは、イギリス政府の元最高科学顧問であるデビッド・キング氏と6つの大学・研究機関による国際的な取り組みだ。

 その第一弾となる今回の実験の目的は、「海洋バイオマス」の効果を確かめることだ。バイオマスとは物資源(バイオ)の量(マス)を表す言葉で、エネルギーや物質に再生が可能な、動植物から生まれた有機性の資源のことである。

 野生のクジラは、フンすることで海に栄養を与え、魚のエサになる大量のプランクトンを育んでいる。

人工クジラのフンで海の生態系を活性化
 ならば、クジラのフンを再現した人工フンを作って海に投入すれば、海の生物多様性を回復させられるかもしれない。

 しかも嬉しい副作用として、増加したプランクトンが大気中の二酸化炭素を吸収してくれるので、温暖化防止対策にもなると期待できる。

 そのプランクトンを食べた魚が死ねば、二酸化炭素の一部は海底に閉じ込められる(「生物学的ポンプ」という)。

 残念なことに現在、こうした生態系サービスは弱ってしまっている。

 「海の生物をもう一度増やそうとしています」と、現在はケンブリッジ大学気候修復センターの所長であるキング氏は語る。

 「この実験が最終的な答えになるかどうかはわかりません。しかし、クジラの個体数が回復して、それを生物学的ポンプとして残せるというアイデアに、大いに魅了されています」

もみ殻で人工フンを運ぶ
 人工クジラのフンの具体的な材料はまだ決まっていない。現時点では、鉄分が豊富な「砂」と「火山灰」が検討されている。だが大切なのは、「硝酸塩」「ケイ素」「リン酸塩」「鉄」が適切な割合になっていることなのだという。

 そして、これを工場から廃棄される焼いたもみ殻に混ぜる。するともみ殻が船代わりになって、海面まで栄養を届けてくれるという算段だ。

 ただし海洋への投棄は「ロンドン条約」によって規制されているので、これに違反しないよう今回はごく小規模の実験が3週間程度行われるに過ぎない。主な目的は、もみ殻がうまく人工フンを運んでくれるかどうか確かめることだ。

 また実験開始の時期は、天気次第であるという。しかし、これまでこの方法で年間数十億トンの二酸化炭素を封じ込められると主張してきたキング氏にとっては、重要な第一歩だ。

 今、人間は毎年400億トンの二酸化炭素を排出しており、大気中の温室効果ガスを大幅に削減できなければ、危険な気温上昇に直面することになる。

 今回のような自然のプロセスを真似するやり方を「バイオミメティクス(生物模倣)」という。

 キング氏は、こうした取り組みを、日光を遮って気候を改変するような地球工学と混同してはいけないと話す。

各国の研究機関が協力し大規模な実験が必要
 このプロジェクトは複数の大学・研究機関が参加する国際的なものだ。

 それぞれが研究する地域は異なっており、太平洋ではハワイ大学とウッズホール海洋研究所、インド洋ではインドの海洋研究所、南極海ではケープタウン大学、大西洋ではケンブリッジ大学と英国国立海洋学センターが研究を行なっている。

 プロジェクトチームは、人工フンで生態系を回復させる上での課題のほか、ガバナンス(組織における不正行為を未然に防ぎ、体制管理をするために必要不可欠な取り決め)や一般的な世論といったことをめぐる問題も研究している。

 「海に害となる恐れがない限り、こうした実験をやるべきだと思います」と、キング氏は語る。

 本格的に人工鯨糞を利用しても問題ないことがわかれば、漁獲量を増やしたい沿岸部や島嶼地域の人たちに費用を負担してもらうという経済モデルも考えられる。

 またクジラのフンを模倣して、二酸化炭素を吸収するというアイデアも研究されている。

朝日新聞デジタル

 

コメントを残す