製造するのではなく、地中に存在する天然の水素をホワイト水素と呼ぶ。2022年頃までは存在や定義が定かではなく、名称も「地中水素」や「天然水素」と呼ばれていた。下記解説では「天然水素」と呼ぶようになっています。
過去の投稿から
・地下から天然水素、世界中で探索開始される『埋蔵量は数千年分とも?』
・地中水素続報、ビル・ゲイツ財団「地中水素」掘削スタートアップ企業に投資
天然水素の動向 (JOGMEC:独立法人エネルギー金属鉱物資源機構のHPから抜粋)
1.ゼロエミッション燃料である水素は、脱炭素社会実現に向けて普及が期待されている。低コストの生産技術確立等が課題である中、天然水素が大量に賦存し、安価に生産・利用可能となれば、普及拡大に向けたゲームチェンジャーとなりうる。近年は脱炭素化の社会要請が高まる中、天然水素への注目が高まっており、スタートアップ、大学、研究機関等の探査活動が活発化している。
2.天然水素は、トルコ、オマーン、スペイン、日本(長野県白馬八方温泉)等の世界各地、陸上のみでなく海底(中央海嶺付近の熱水鉱床)においても観測されている。一方で、メタンやヘリウムと混合していることが多く、高純度の水素ガスは珍しい(マリやトルコの例あり)。
3.天然水素の生成プロセスとしては、水の放射性分解、蛇紋岩化反応、地球深部(コア、下部マントル)からの排出、火山活動、岩石のフラクチャリングなど様々な非生物起源のプロセスと、生成量は少ないが生物起源のプロセス(熱変成と微生物由来)がある。
4.生成した水素の一部は、地中の断層や裂罅を伝って、または岩石中を浸透して上昇し、地中にとどまらず地表から漏出することもあれば、地中浅部で微生物による利用や、深部で岩石やガスとの反応により失われる。地表からの漏出時には、フェアリーサークルと呼ばれる径数百メートル~数キロメートル程度の円形の浅い窪地の特徴的な地形を形成することがある。
5.地下深部の根源岩(化石燃料のような有機物に富んだ岩石とは異なり、かんらん岩や花崗岩などの火成岩)で生成した水素が移動・上昇したのち、貯留層となる孔隙に富む岩相と、帽岩(キャップロック)となる岩塩層や石灰岩層などの比較的緻密な岩相とトラップに適した背斜等の地質構造があればその直下に集積し、天然ガスと同様に掘削により生産できる可能性がある。また、化石燃料と比較して天然水素の生成タイムスケールはとても短いため、根源岩からの直接生産や、熱水の注入による生成促進という可能性も考えられる。
6.天然水素が実際に商業開発に至った例は未だないが、マリ・Bourakebougou案件では、生産した水素を直接燃焼して発電し、近隣の村に提供するパイロットプロジェクトに成功している。その他、欧州(フランス、スペイン)、米国、豪州、北アフリカ(モロッコ、ジブチ)等で探鉱が実施されている。主なプレイヤーは、フランス、豪州、米国の政府機関・大学とスタートアップ企業であり、特にスタートアップ企業の動きは早く、探鉱権取得のうえ試錐により高濃度の水素を観測した案件もある。米国地質調査所(USGS)、豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)、韓国石油公社(KNOC)等の公的機関による広域的なポテンシャル調査も進んでいる。
7.水素探鉱・開発の許認可制度整備も課題であり、南豪州、フランスは法改正を実施し、水素探鉱のための鉱区の付与が可能となっている。米国は一部の州では既存法により既にライセンスを発行しているほか、西豪州は法改正の準備中である。スペインでは環境関連法により新規の石油ガス探鉱・開発許可が禁止されていることが、天然水素案件の開発移行にあたっての課題となっている。
a. :トルコ・Chimaeraで地表の割れ目から立ち上る炎の様子。
b., c. :オマーン・Samailオフィオライトの水素ガスの産状。
d., e. :大西洋中央海嶺付近Lost Cityの海底熱水鉱床の様子。
d. 50 ºCの熱水の噴出孔の頂部。羽毛状の炭酸塩が成長している。
e. 蛇紋岩の崖に成長している白色の炭酸塩のチムニー(全長約10メートル)。
天然水素の生成プロセス
水素の生成にはいくつかのプロセスがある。
1つ目は水の放射性分解である。岩石中に含まれる微量のウラン、トリウム、カリウム等の放射性元素の壊変により発生する放射線によって水が分解され水素が発生する。この反応は速度が遅いため、先カンブリア紀などの古い岩体において、現在に至るまで長い時間をかけての水素生成が期待される。また、ウランなどの放射性元素を多く含む性質のある花崗岩類は生成ポテンシャルが高い。
2つ目は蛇紋岩化反応である。かんらん岩等の超苦鉄質岩が変質して蛇紋岩となる際に、水素が発生する。反応速度は比較的速い[7]。天然水素の生成プロセスの中でもっともよく研究されているプロセスである。白馬八方温泉は、蛇紋岩体を掘削した温泉であり、観測されている水素は蛇紋岩化反応により生成したものである。トルコのChimaeraや高純度の水素が観測されているオマーン・Samailオフィオライトも同様のプロセスで水素が生成している。
3つ目は、水素を大量に含む地球深部のコアや下部マントルから排出された水素が、プレート境界や断層に沿って浅部まで上昇するものである。
損失プロセス
生成した水素の一部は、地中の断層や裂罅を伝って、または岩石中を浸透して上昇し、地中にとどまらず地表から漏出することもあれば、地中浅部における微生物によるエネルギー源としての利用や、地中深部で岩石やガスとの反応により失われる。
貯留プロセスと生産
石油天然ガスの探査において、油・ガス田の成立条件を、根源岩における生成、移動・集積、貯留岩、トラップ・構造・シール等の諸条件に分解して検討することがある。これらの条件を水素システムに当てはめ、地下深部の根源岩(かんらん岩や花崗岩など)で生成した水素が、断層、裂罅や浸透しやすい岩石中を移動・上昇したのち、貯留層となる孔隙に富む岩相と、岩塩層や石灰岩層など比較的緻密な岩相(帽岩:キャップロック)とトラップに適した背斜等の地質構造があれば、その直下に集積し、天然ガスと同様に掘削による生産が可能となる。
参考事例
天然水素の存在自体は以前から知られていたが、注目されるたのは2023年からで、実際の参考事例はアフリカ、マリでの水井戸掘削時に発見された98%の純水素での小規模パイロット採掘による発電プロジェクトのみである。
注目すべきは、2012年の生産パイロットプロジェクト開始以来、11年間にわたって減圧はみられず、4.5barsから5.0barsに加圧している。これは、水素が閉鎖系ではなく継続的に供給されていることを示しており、可採埋蔵量や最適な生産レートを見出すためには、動的モデルによる評価を行う必要があると結論付けている。
まとめ
天然水素の探査・生産・利用には、実効的・効率的な探査手法、資源量・可採埋蔵量の把握、そのための貯留システムや生成・移動・集積のタイムスケールの理解、人工増進の可能性、地熱とセットでの開発・生産の可能性、国産エネルギーとしての日本国内のポテンシャル、グリーン水素に対する生産コストの優位性の精査など、まだ多くの疑問や解決すべき課題がある。その一方で、すでに学術的な研究領域のみにとどまることなく、ゼロエミッション燃料として経済的な目線での調査、探査、大規模投資の段階へ移行のさなかにあることは確かである。エネルギートランジション、脱炭素に貢献するクリーンエネルギーの新たな選択肢としての天然水素が注目されている。