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政府は脱炭素社会の実現に向け、次世代エネルギーとして注目される水素を普及させるための基本戦略を5月下旬に改定する予定だ。4月の再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議で改定案を決めた。官民合わせて15兆円を投資して脱炭素の環境整備を進め、水素供給量を2040年に年間約1200万トンに拡大する数値目標も盛り込んでいる。
再エネ普及と一体での推進が重要
資源の乏しい日本は早くから水素開発に力を入れ、関連技術は世界最高水準とされてきた。政府は17年に世界に先駆けて現行の水素基本戦略を策定したが、その後欧州主要国や米国など各国も水素普及に乗り出し、水素エネルギー分野での国際競争が激化している。基本戦略の改定には経済産業省など政府部内の危機感がある。
現在、水素で走る燃料電池車(FCV)の普及で日本は外国勢に抜かれているなど、出遅れが目立つ。水素安定調達のための環境整備を巡っては生産コスト低減や水素ステーションの拡充などのインフラ整備、大規模サプライチェーン(供給網)構築など課題は多い。
また、水素は燃焼時に二酸化炭素(CO2)を出さないため、その利用は50年の温室効果ガス排出実質ゼロ達成のカギになるとされるが、作る過程でCO2が出て大気中に放出されれば「クリーン」とは言えない。再生可能エネルギー(再エネ)を使ってCO2を出さずに生成する量を増やすためには、再エネ普及と一体で進める必要がある。4月15、16日に開かれた先進7カ国(G7)の気候・エネルギー・環境相会合でも、水素は再生エネを使って生産する重要性が指摘された。
日本は脱炭素を目指しつつ国際競争に打ち勝って先頭集団に残れるかー。改正基本戦略が脱炭素社会に実現につながるか、この国の官民を挙げた実行力が問われる。
発電分野での活用に期待
水素は原子番号1、元素記号はH。宇宙に最も多く存在する元素で、水素ガス(H2)の重量は空気の約14分の1と軽く最も軽い物質だ。燃やすと大きな熱エネルギーが出ることから、既に実用化されているロケット燃料のほか、今後水素発電への活用が期待されている。
発電分野では天然ガス火力に水素を混焼させてCO2排出量の低減を目指すほか、水素だけを燃料とする発電設備の開発も進んでいる。また酸素と反応させることにより、電気エネルギーが得られる。発電効率が高い燃料電池はFCVの動力源や家庭用電池として普及しつつある。
日本政府が水素戦略を策定した後、ドイツは20年6月に、欧州連合(EU)は同年7月に、フランスは同年9月にそれぞれ国としての水素戦略を策定。スペインやイタリア、英国なども続き、実用化開発を着実に進めてきた。 このため日本政府も17年の戦略を見直し、改定する必要に迫られていた。
安価な生産、供給体制の構築が急務
4月4日に決まった水素戦略の改定案によると、まず現在年200万トン程度の水素供給量を30年に300万トンに、40年には1200万トン程度にそれぞれ拡大するとの数値目標を掲げ、現行戦略で掲げる「50年に2000万トン」を達成する道筋を示した。40年目標の1200万トンは、1回約5キロを充てんできるFCVでは20億回以上満タンにできる計算だ。
水素は石炭、石油といった既存の一次エネルギーと異なり、「作る」必要がある。現在、水素の生産や輸送のコストは既存燃料と比べて高く、少しでも安価な生産、供給体制の構築が急務だ。現時点での水素の供給価格は1立方メートル当たり100円程度で既存燃料の最大10倍以上高いと言われる。
改定案では30年ごろの商用開始に向けて、水素の大規模な供給網の早期構築を掲げ、既存燃料との価格差を埋めるような制度の整備を盛り込んだ。水素供給量の拡大と制度整備のカギを握るのは投資で、今後15年間で官民から合わせて15兆円の投資を呼び込む方針も掲げた。15兆円という多額の投資確保のための具体的な仕組みの構築が新たな重要課題になる
省庁連携のアクションプランも策定
水素は生成過程により「3つの水素」に分類されている。石炭、石油や天然ガスを燃焼させてガスにし、そのガスから水素を取り出す際にCO2が出る「グレー水素」、発生したCO2を回収して地下に埋めたりする「ブルー水素」、再生可能エネルギーを使って水を電気分解して生成する「グリーン水素」だ。
欧州主要国などではこの分類が基準になっており、現在国内外でつくられる水素は大半がグレー水素。このため、脱炭素を徹底し、「クリーン」をうたうためには将来的にグリーン水素を増やす必要があるとの指摘は多い。改定案ではこの3分類ではなく、ブルー水素も「クリーン」と位置付けて新たに「クリーン水素」の基準も作る。政府は独自のクリーン水素の概念を広めたい考えだが、環境団体などは批判している。
政府は水素戦略改定に合わせ、再エネの導入拡大に向けた省庁連携のアクションプランも策定した。同プランによると、浮体式洋上風力発電は日本の「地の利」を生かせるとして産業競争力の強化に向けた官民協議会を開催し、産業戦略や導入目標を23年度内に策定する。
次世代太陽電池として世界的に注目されている「ペロブスカイト太陽電池」は「日本発」だ。桐蔭横浜大学の宮坂力教授が開発し、同教授によると従来の太陽電池に匹敵する高い変換効率を達成している。日本は主原料のヨウ素の生産量は世界2位であることもあり、アクションプランでは23年度から量産技術の確立や需要創出、生産体制整備を急ぎ、30年を待たずに実用化を目指すという。
SciencePortal記事から抜粋